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May be awake, and now a Dream

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形から入る僕としては、まず最初の課題は、バンド名からであった。
メンバーから、賛否両論あった、2年間使った【N.T.O】のバンド名をどうするか?

肝心の『N』が辞めてしまったのだから、はたして『N.T.O』を継承するべきか、はたまたまた新たなバンド名にするのか?メンバーの意見は 『今まで使っていたし、せっかくなじんで来たから、NTOはそのまま、使おう。』と、言うのが全体的な意見だった。『うーーん とりあえず、語呂合わせしかないな・・・』 【Next Take Off】?【Nagoya Take off】?【Nande Take Off】?色んな、語呂合わせの中、とりあえず、決めたのが、【New Tecnical Ohkestolasion】
と、命名!! だけど、いつの間にか、【New Take Off】になってしまいました。まぁ いいか!シンプルで、覚えやすいや・・・
by housyun-NTO | 2005-08-28 23:01 | Biogrphy

メールを受けた その翌週に たまたま、デイブのバンド 『空~』が、刈谷市内で LIVEを行った。
(結果として、このLIVEを持って、『空~』は活動を休止してしまう。)
彼女の実力を 確かめるの絶好のチャンスだった。

彼女のVoとしての 加入は決めたが、実は 一抹の不安を持っていた。
それは、彼女が経験が少ないと言う事実だった。

バンドのVoの宿命だが、オーディエンスの7~8割は Voを見ている。
又 バンドカラーを決定づける要因は、VOによるものが大きい。
後、LIVE時におけるカリスマ性・・・

LIVEが 始ったとたん 全てが吹っ飛んだ!圧倒的な、彼女の声に すべてが打ち消された。

確かに、LIVEにおける MCや、表現力と言う点では、未だ未だ改善の余地はあったが、
それより 以上に彼女の声に魅了されてしまった。

5人目の スカラベを得た、僕らは久々のギグに向け指導を開始。
by housyun-NTO | 2005-08-18 21:25 | Biogrphy
早速、僕とHirokiは ボーカル探しを開始する。
但し、今回のボーカル探しは今迄以上に困難を極めた。

Naeoが 非常に個性の強いVOだった事も有り、ついつい比較してしまい、なかなか 納得の行くVOに出会えない。

3人の ボーカリスト希望の娘と オーディションを繰り返すが、どうしても納得が行かず、なかなか決めれない。時間だけが過ぎていく。

どうしようもなく諦めかけていた時、以前友人のデイブから紹介を受けていたVoを思い出した。その時はデイブのバンドのVoだった事もあり遠慮していたが、そうも、言ってられない・・・わらをも掴む想いで、デイブに連絡をした。

顔合わせを持つでも無く、いきなりのリハに 望んだ。
当日、セミロングのコートに深くかぶった帽子で顔の表情が良く分からなく、無表情のまま,いきなり歌いだした彼女の声は、想像以上に太く、その声量に驚いた・・・

なにより感心したのが、リハ用に用意した曲 3曲の歌詞を わずかな期間で暗記し、カンペなしで 歌いきった事だった。

練習後、話をする訳でもなく そそくさとスタジオを後にした彼女・・・
『気に入らなかったかなぁ?』と、不安が過ぎる・・・

メンバーは、全員一致で、彼女の加入に賛同。特に、Haruは 大絶賛だった。

翌日 彼女からの一本のメールで、彼女の加入が正式に決まった。

>すごく気持ちよく歌わせて頂ました。
>最初、すごく緊張してて、声が出てるんだか、音があってるんだか、
>何もわからない状態でした。
>みなさんの演奏に圧倒されて・・・
>音が大きすぎるとかじゃなくて、気持ちいい音だったんです。。。)

第 3期NTOの 再スタートである。
by housyun-NTO | 2005-08-18 21:13 | Biogrphy
最高の状態で年を終えた僕らは、次回ギグに向けて、2005年の新年を迎えるのだが、新年早々 大変な事が起こった。

Naeoからの脱退宣言である。
元々、彼女と僕の音楽性の違いはバンド内で、いつも議論の元だった。
お互いが、歩みよりお互いの個性をぶつける事によって、バンド内の緊張と、完成度を上げる事が出来ていたのだが、最終的に彼女が決断したのは、あくまで 自分の音楽にこだわると言う、結論だった。

後日、その後の彼女の活動ぶりを見るとその結論は、正解だったようである。

ありがとう Naeo!! そして さようなら・・・
by housyun-NTO | 2005-08-18 21:09 | Biogrphy
Housyun(g) Tetsu(Dr)kazu(Ba) Haru(kye)Yousuke(PIANO)Naeo(VO)の布陣が揃ろい、早速リハを開始する。

レパートリーは 前回の失敗も踏まえて、まずは、コピー曲を中心に始めた。幾らかのタイムラグがあるとはいえ、メンバーの半分が変り前回のライブとは、全く別のバンドと言っていいだろう。

何度かのリハを行ったが、結局 移動距離の問題でYousukeがまず離脱。Tetsuも、『目指している所が違う』と、脱退。

折角の出鼻を挫かれたが、Hirokiの復帰も有り、逆にバンドの人数が減った分、サウンドもまとまり、結束力も高まった。

ようやく、第2期NTOのスタートである。

オリジナルメンバーの Hiroki(Dr)
オールマイティーな Kazu(Ba)
多彩な音源の Haru(kye)
カリスマボーカリストの Naeo(Vo)
人事部長 Housyun(G)

その後、リハは順調に進んで行った。

そのサウンドは、Naeoの持つ、サイケデリックなフォークサウンドと、NTOが持つ、POPなサウンドとの融合。(って書くとカッコイイが、基本的にはアメリカンロック的サウンドだと思う。)

レパートリーも増え、 オリジナル『一人の時・・・』も完成した。

2004年 10月25日 ようやく 『ローズカラー(ライブハウス)』で、新生メンバーによる 記念すべき 1stギグを行う。

客席には ヤスベイや morimoriの顔も有り、彼らもまた、僕らの記念すべき再スタートに 華を添えてくれた。
オーディエンスの反応も上々で、メンバーも満足の行く ギグであった。
ただ一人、寂しそうに メンバーを見つめる Naeoの視線に僕らは 誰一人気付いていなかった・・・
by housyun-NTO | 2005-08-18 21:07 | Biogrphy
8月14日(日)長久手のサテライト会場での LIVEが無事終了。
一言『本当に 気持ち良かった! 野外は 最高!!』

あいにくの天気で、オーディエンスの入りは ちょっとまばら・・・

途中で 雨は降り出すは、シールドは抜けるは、で 大変だったけど、
凄く思い出になりました。

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実は、7月28日から 1回も 練習が無かったので、ちょっと不安でした。
ぶっつけ 本番!!

でも よかったんじゃない?

次回は 9月3日の ジョイントLIVEだ!
by housyun-NTO | 2005-08-18 00:57 | NTO
『バンドのボーカルが変わる。』
と言うのは、お店の看板が変える位、本当に勇気のいる事だ。特に『歌』を中心に考えているバンドにとっては、そのバンドの存続さえ、左右する事である。Naeoと言う看板を失った僕らに取って新しいボーカルを迎える事はその位重要な事であった。何人かのオーディションが不調に終わり、ある意味半分諦めていた時、その声は僕らを魅了し、何度目かのNTOの復活のノロシが高々と上がった。

 ある意味僕らのメインソング『ホライズン』を最初に演奏し終えた時、メンバーみんなの顔から笑みがこぼれた・・・。

彼女の声の魅力は、まず圧倒的な声の存在感である。僕らが自由に演奏を楽しんでいる時、その中心は彼女の声である。その唄法はある意味完全な我流であるようだが、なにより歌う事に、喜びを感じている彼女の声は、その場にいる全ての人を魅了する。

前回行った、彼女を迎えた2回目のLIVEがそれを象徴している。以前にも LIVEレポートで書いたがその日は完全なるアウェイの状況であった。オーディエンスの殆どが ハードロックファン。僕ら前の3バンドは全てがハードロックバンド。オーディエンスの状態は、ヒートアップしていて、最初はいつ ブーイングが浴びせられるのかと、ドキドキ物だった。

所が、2曲目 3曲目位から 会場の至る所から熱い視線が蔓延し、最後には アンコールが飛び出す事となった。ある意味で僕の音楽人生の中でも、1~2度あるか、無いかのポテンシャルを引き出した。

その日、彼女の声は、会場を圧倒し、NTOのサウンドが確立した。

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by housyun-NTO | 2005-08-07 18:28 | NTO
Hirokiが抜け、ヤスベイを失い、Yousukeも来るのか来ないのかはっきりしない状況の中で、僕は、NTOの存続も含め、僕の音楽人生も、ピリオドを打とうかと、真剣に悩んだ。
元々 絶対的な音楽性やテクニックで メンバーを支えて来たわけではなく、単に好きで続けて来た僕であるから、ある意味、解散を宣言すればそれで全てが終わる事であった。

その状況で、僕はある日決心し、Naeoに電話した。『あのさ、バンドの事だけどさ・・・』その時のNaeoの 一言は僕の決心を大きく変えた。『私も Housyunも 音楽バカだから、音楽辞めないよね?・・・』『当たり前じゃん。60歳になっても 70歳になっても 続けるに決まってるジャン』
今、思い返すと本当は一番 NTOで歌う事に疑問を感じていたはずの彼女の一言は僕を勇気付けた。そして、決定的だったのが、Haruからのメールであった。『是非参加させて下さい。!』

そのメール以前から、コンタクトを取っていた、Tetsu(Dr)と共に、新生NTOは始動を開始した。時を同じく、(まったくの偶然だが) Kazuの加入。その時点で、僕のまったく新しい音楽人生が再スタートを切った・・・
by housyun-NTO | 2005-08-07 17:34 | Biogrphy
ヤスベイを メンバーに迎えた僕らは、次に Naeoのオリジナルに取り掛かる。
今思い出すと、Naeoのオリジナルのルーツは多分フォークにあると思う。フォークと言っても、叙情的な 日本のフォークと違い、どちらかと言えば ブルースがベースにあるような、時折サイケデリックなマイナー調の曲調だった。
そこには彼女自身の生き様や、音楽が有り、非常にアーティスティックなオリジナルであったと、僕は 感じていた。今でもそうだが、僕は彼女の音楽のファンである。
但し、僕が求めているサウンドとは、きっと違ったのであろう・・・。
又、この頃、仕事上、 Hirokiが、公私共に非常に多忙を極め、Yousukeも又、スケジュールを合わせる事が困難になってくる。

オリジナルを中心にサウンド展開をする場合、リハにメンバーが揃わないのは致命的で有った。
リハに メンバーが揃わない日が続いた・・・ ヤスベイが、なんとか形にしようと、必死に手伝ってくれたが、そんなバンドの状況に決定的なダメージを与えてたのが、Hirokiの脱退だった。
僕自身も 困惑した。ジミー・ページが ジョン・ボーナムを失ったような、ルカサーが ジェフ・ポーカロを失ったような、虚脱感がバンドを蔓延する。

以前から知り合いの N氏をメンバー(Dr)に加えた バンドリハは失敗に終わる・・・

そんな 危機的な状況の中、ちょっとした 行き違いからヤスベイの不満が爆発してしまった。ヤスベイも又、バンドを去る事となってしまった・・・。

NTO 存続の危機であった・・・
by housyun-NTO | 2005-08-07 17:11 | Biogrphy